
vol.54


この地は古くは雅楽谷(うたや)の森と呼ばれ、縄文時代からの人々の生活の場であり、1944年以後、70年近くにわたり、多くの患者さんが治療を受け、療養した空間です。これから1年にわたる工事が竣工まで無事に進められるように、そして新たな病棟が以後何十年か事故なくその役割を果たすことができるよう、天と地とこの空間に宿る全ての人の思いに対して祈りながら、2011年夏、地鎮祭を執り行いました。歴史ある東埼玉病院がこの地で末長く与えられた使命を果たすことができるよう、関係者が思いを一つにして全力を尽くすつもりです。
当院の病棟はそれまであった木造平屋の病棟を昭和40年代から50年代の初めにわたって順次建て替えたもので、当時としては立派なものでしたが、 30年以上経過した現在では、手狭なうえに老朽化が目立ち、21世紀をリードする専門医療を展開するには不十分で、建て直しは長年の夢でした。2004年に145の国立病院と国立療養所が独立行政法人機構に組織換えされ、建物などの施設の新築改築と医療機器の購入はそれぞれの病院の責任で行うことになりました。当院は2004年以後、一貫して黒字経営を続け、40億円近くに及ぶ国所管時代の債務返済を続ける一方、預託金という名の貯金を行ってまいりました。病棟新築のために資金を借り入れても健全な償還計画が作成できるという見込みが立ち、病棟新築という課題に向かって踏み出すことになったわけです。
新築される病棟は病床数430、鉄筋コンクリート6階建で、1階に神経難病病棟と給食施設、売店、2階に筋ジストロフィーを中心とする療養介護サービス病棟、3階に重症心身障害を中心とする療養介護サービス病棟、 4階に回復期リハビリテーション病棟とリハビリテーション治療室、5階に手術室と一般病棟、6階に一般病棟と入口エレベーターを別にする結核ユニット病棟が置かれることになっています。天気がよければ上層階からは富士山が眺められ、また建物の上の方は蓮田サービスエリアから見えるのではないかと期待しております。
院長 川井 充
私たちは、質の高い医療を提供し、患者さま及びご家族に、より満足していただける病院を目指します。
新宿からJR湘南新宿ラインで40分、上野からJR東北本線で35分の蓮田駅を最寄り駅とし、1944年に開設された傷痍軍人埼玉療養所を前身とする病院である。現在は、結核を含む呼吸器疾患、筋ジストロフィーを含む神経・筋疾患、重症心身障害医療の専門医療施設となっている。また、埼玉県地域保健医療計画に基づき、結核最終拠点病院、エイズ治療中核拠点病院、脳卒中回復期病院に指定されているほか、難病医療連絡協議会などによる難病医療拠点病院、埼玉県難病相談・支援センターが設置されている。
埼玉県より委託を受けて、2006年度から埼玉県難病医療連絡協議会事業として国立病院機構東埼玉病院に事務局を置いて実施している。重症難病患者の在宅療養支援を支援するため、在宅療養を希望する重症難病患者さん、家族、及び医療機関からの相談への対応、往診、訪問看護に携わる医師、看護師などへの研修の実施、在宅の患者さんに医療が必要となった際の円滑な入院のための連絡調整を行う難病医療連絡協議会を広域的、専門的医療機関に設置する。また、この協議会を設置して、重症難病患者と医療機関を結び付けることにより、難病対策を推進する体制を構築している。
1996年に埼玉県内で6カ所あるHIV・エイズ診療の拠点病院の一つに指定された。以後、県内では最も多くの患者さんの診療に当たってきた実績から、2007年4月に埼玉県のエイズ中核拠点病院に指定されました。当院ではニューモシスチス(カリニ)肺炎、結核、サイトメガロウイルス感染症、トキソブラズマ脳炎、カンジダ感染症などの様々なエイズ疾患について入院加療が可能である。HIV感染症の治療である抗レトロウイルス療法(HAART療法)は近年めざましく進歩し、1日1回4~5錠の内服薬を服用するだけで病気がコントロールできるようになっている。治療薬の副作用も少なくなり、症状が安定すれば1~2カ月に1回の外来通院で通常の社会生活が続けられる。また、HIV感染症は免疫機能不全の身体障害の認定を受けることができるので、当院では治療開始前に原則として身体障害者手帳を取得していただき、自立支援医療を受けていただくことで医療費負担を軽減するようにしている。